肺のその他の病気の論文

入院治療をした肺炎の診断は適切とは限らない(ミシガン州の報告)

肺のその他の病気の論文  / 院長による医学論文紹介

院長による論文概説

肺炎は一般的な病気であり、内科医は外来や入院患者で頻繁に診察します。成人肺炎診療ガイドラインによると、肺炎は肺実質(肺胞領域)の、急性の、感染性の、炎症と定義されています。典型的な症状や画像検査の結果があれば、診断は比較的簡単です。しかし、肺炎を疑う患者の状態は様々で、症状をうまく説明できない人や、胸部のX線やCT検査ができない人も少なくありません。そのため、診断に必要な情報が不足することがあります。診断が確定しないまま肺炎として抗菌薬などの治療を始めることもありますが、このような患者がどれくらいいるのか気になります。

今回紹介する研究では、2017年7月から2020年3月の間に入院した肺炎患者について調査が行われました。この研究は過去の記録を分析する方法で、ミシガン州の48の病院に入院した患者が対象です。対象となったのは、一般病棟に入院し、退院時に肺炎と診断され、入院1日目または2日目に抗菌薬を投与された成人患者です。研修を受けたスタッフが、カルテの確認や患者への電話連絡を通じてデータを集めました。不適切な肺炎診断とは、肺炎の兆候や症状が2つ未満、または胸部の画像検査で異常が見られない患者に対し、肺炎と診断して抗菌薬治療が行われた場合を指します。

その結果、患者の約8人に1人が不適切な診断を受けていることが分かりました。ほとんどの病院で、患者の10%以上が正しく診断されていませんでした。不適切な診断のリスクが最も高かったのは、高齢者、認知症の患者、および精神状態の変化が見られる患者でした。さらに、不適切な診断を受けた肺炎患者の88%が3日以上抗菌薬を投与されており、これは抗菌薬による副作用と関連していました。

この論文の考察部分でも述べられているように、肺炎は非常に一般的な病気であるため、例えば寝たきりの患者が発熱している場合、医師は肺炎として治療しがちです。これは、医師が最も思いつきやすい情報に基づいて判断する傾向があることを示しています。この傾向は、利用可能性バイアスと呼ばれます。

この論文では肺炎を扱っていますが、文中では 'community-acquired pneumonia (CAP)' という用語が使われています。CAP を日本語にすると '市中肺炎' となりますが、日本における市中肺炎は、医療ケアを受けていない健康な成人に発生する肺炎を指します。しかし、この論文で取り扱われた肺炎は、認知症や精神疾患、寝たきりの人に発生したものも含まれています。つまり、日本と米国では CAP の定義が異なることに注意が必要です。

今回の研究を実施したミシガン州病院医療安全協議会(The Michigan Hospital Medicine Safety Consortium:HMS)は、入院患者のケアを改善するために設立され、医療の質を向上させることを目的としています。しかし、このような優れた病院群でも、12%の患者が不適切な肺炎診断を受けていることが分かりました。我々医師は忙しく、認知バイアスに陥りやすいため、診断を急ぎがちです。診断を急ぐのではなく、時には一歩立ち止まることが必要です。

入院患者における肺炎の不適切な診断

Gupta ABFlanders SAPetty LA, et al. Inappropriate Diagnosis of Pneumonia Among Hospitalized Adults. JAMA Intern Med. 2024;184(5):548–556.

doi:10.1001/jamainternmed.2024.0077

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38526476/

キーポイント

疑問: 肺炎と診断された入院患者において、不適切な診断の頻度と関連する要因は何か?

結果:  ミシガン州の48の病院で肺炎の治療を受けた成人入院患者17,290人を対象としたこのコホート研究では、12.0%が不適切な診断を受けていた。高齢の患者、認知症の患者、および精神状態の変容を呈した患者では、不適切な診断がなされるリスクが最も高く、不適切な診断がなされた患者では、抗菌薬の投与期間が全日数であることが、抗菌薬に関連した有害事象と関連していた。

意義:  入院患者の肺炎の診断が不適切であることは、特に老年症候群を有する高齢者ではよくあることであり、有害である可能性がある。

要旨

重要性: 市中肺炎(CAP)の不適切な診断の発生率、危険因子、およびそれに関連する害についてはほとんど知られていない。

目的: 入院患者におけるCAPの不適切な診断の特徴を明らかにすること。

デザイン、設定、参加者:この前向きコホート研究は、ミシガン州の48の病院を対象に、カルテのレビューと患者への電話連絡を含めて行われた。研修を受けた症例登録担当者が、2017年7月1日から2020年3月31日の間にCAPの治療を受けた入院患者をレトロスペクティブに評価した。一般病棟に入院し、退院時の診断コードが肺炎で、入院1日目または2日目に抗菌薬を投与された成人患者を対象とした。2023年2月から12月までのデータを解析した。

主要な評価測定項目:CAPの不適切な診断は、National Quality Forumが承認した指標を用いて、CAPの徴候または症状が2つ未満、または胸部画像が陰性である患者におけるCAP指向の抗生物質治療として定義された。不適切な診断のリスク因子を評価し、不適切な診断がなされた症例について、30日間の複合アウトカム(死亡率、再入院、救急外来受診、クロストリジオイデス・ディフィシル感染症、抗菌薬関連有害事象)を記録し、交絡因子と治療傾向を調整した一般化推定方程式モデルを用いて、抗菌薬治療の期間がフルコース(3日以上)か短期間(3日以下)かで層別化した。

結果: CAPの治療を受けた入院患者17,290例のうち、不適切診断の基準を満たしたのは2,079例(12.0%)(median [IQR] age, 71.8 [60.1-82.8] years; 1045 [50.3%] female)であり、このうち1821例(87.6%)がフルコースの抗生剤投与を受けた。CAP患者と比較して、不適切に診断された患者は高齢であり(調整オッズ比[AOR]、1.08;95%CI、10年当たり1.05-1.11)、認知症(AOR、1.79;95%CI、1.55-2.08)または来院時の精神状態の変化(AOR、1.75;95%CI、1.39-2.19)を有する可能性が高かった。不適切と診断された患者において、フル治療と短期治療の30日複合アウトカムに差はなかった(25.8% vs 25.6%;AOR、0.98;95%CI、0.79-1.23)。患者における抗菌薬治療のフル期間と短期間は、抗菌薬関連の有害事象と関連していた(1821例中31例[2.1%] vs 258例中1例[0.4%];P = 0.03)。

結論と関連性:このコホート研究において、入院患者におけるCAPの不適切な診断は、特に高齢者、認知症患者、精神状態の変化を呈した患者においてよくみられた。CAPと不適切に診断された患者に対するフルコースの抗菌薬治療は有害である。

 

文責:院長 石本 修 (呼吸器専門医)

その息切れはCOPDです

間質性肺炎の末期患者さんに対する緩和ケアに改善が必要か(Thorax誌より日本の報告)

肺のその他の病気の論文  / 院長による医学論文紹介

いわゆる肺炎は細菌が原因となって発生する細菌性肺炎のことで、肺胞の中で炎症が主におこります。

一方、間質性肺炎(間質性肺疾患;ILD)は、肺胞を形作る肺そのもの(間質)に炎症がおこる病気です。

リウマチなどの膠原病やウイルス、アレルギー、タバコなどが原因となるもの、原因がはっきりしないものなど、ILDには様々なタイプが知られています。

原因不明のILDの中でも特発性肺線維症(IPF)はよくみられるタイプであり、タバコと関連があると考えられています。

ほとんどのガンよりもIPFの予後は悪く(=余命が短く)、診断されてからの生存期間は中央値で約3年とされています。IPFは一般にはあまり知られていない良性の病気なのですが、実際はガンよりもたちの悪い病気と言えるかもしれません。

間質性肺炎の末期症状と緩和ケア

ILDが進行していくにつれ、咳や倦怠感、不安感、抑うつ感、息苦しさなどの症状を患者さんは経験するようになります。肺がん患者さんでも同様の症状を認めますが、肺がんよりも重い症状で長期間苦しむこともあります。

最近、ガン以外の病気の終末期における症状緩和ケアが注目され、本ブログでも紹介しました。

[2021.03.28]ガンとガン以外の末期患者さんで緩和ケアの提供に違いはあるのか(JAMA誌よりカナダの報告)

しかし、現在の臨床現場では、ILD患者さんに対する緩和ケアが十分に行われているとは言えない状態です。

今回紹介する論文は、浜松医科大学を中心とする静岡県西部の病院グループからの報告です。研究は、遺族に対するアンケート調査と、カルテ閲覧による診療内容の調査から構成されています。

遺族への調査の結果、ILD患者さんは肺がん患者さんと比べて、非常に激しい息苦しさに悩まされることが多く、特に「身体的・心理的苦痛の緩和」と「予後の認識と意思決定への参加」に関する領域で満足度が低いことが明らかになりました。

終末期の治療内容を調査すると、ILD患者さんは苦痛を感じているにもかかわらず、症状緩和ケアを受けることが少なかったことが判明しました。また、 半数以上のILDにおいて、患者さん本人がいないところで終末期の話し合いが行われていました。

これらの結果から、ILDにおいて苦痛の緩和が不十分であり、十分な情報を患者さん本人に知らされていないことが示唆されました。

肺癌と間質性肺疾患患者における死に至る過程と死の質的相違:一つの観察研究
Quality of dying and death in patients with interstitial lung disease compared with lung cancer: an observational study

 

 

Thorax 2021;76:248-255.

最も伝えたいメッセージ

キーとなる質問はなにか

間質性肺疾患(ILD)患者と肺がん患者では、QODD(Quality of Dying and Death)や終末期の介入に違いがあるのか?

最終結論はなにか

間質性肺疾患の患者さんは、肺がんの患者さんに比べてQODDが低く、緩和ケアや意思決定へのアクセスも悪かった。

なぜ読み進めるのか?

今回の研究により、ILD患者さんが良い死を迎えられるために必要な改善点が明らかになる。

概要

背景
間質性肺疾患(ILD)患者におけるQODD(Quality of Dying and Death)や終末期の介入に関する知見は限られている。そのため、ILD患者と肺がん(LC)患者のQODDや終末期の介入の違いについては、あまり理解されていない。

方法
本研究の主な目的は、ILD で死を迎える患者と LC で死を迎える患者の QODD と終末期の介入の違いを探ることであった。Good Death Inventory(GDI)スコアを用いて、遺族の視点からQODDを定量化するために、郵送調査を行った。さらに、カルテレビューにより終末期の介入についても検討した。

結果
終末期に介入した連続361名の患者のうち、遺族がアンケートに回答した167名の患者についてQODDの分析を行った。ILD患者はLC患者に比べてQODDのGDIスコアが低く(p=0.04)、特に「身体的・心理的苦痛の緩和」と「予後の認識と意思決定への参加」に関する領域でスコアが低かった(それぞれp=0.02)。終末期の介入では、ILD患者は、専門的な緩和ケアサービス(8.5%対54.3%;p<0.001)やオピオイド(58.2%対73.4%;p=0.003)を受ける割合が低かった。また、終末期の話し合いにILD患者が参加する頻度も低かった(40.8%対62.4%;p=0.007)。

結論
ILD患者はLC患者に比べてQODDが低く、緩和ケアや意思決定へのアクセスも悪かった。ILD患者のQODD、特に症状緩和と意思決定プロセスを改善するためのさらなる努力が早急に必要である。

文責:院長 石本 修 (呼吸器専門医)

その息切れはCOPDです

インフルエンザ下気道感染による死亡はどれくらいあるのか?

肺のその他の病気の論文  / 院長による医学論文紹介

 

では、毎年冬になると流行る季節性インフルエンザウイルスの死亡率はどれぐらいなのでしょうか。

 

今回紹介する論文では、インフルエンザウイルスに罹患すると合併することの多い下気道感染(気管支炎、肺炎など)について、罹患率、入院率、死亡率を全世界の国と地域で調査しています。全世界のデータを集めるのに莫大な資金が必要だったと思われますが、マイクロソフト創業者ビル・ゲイツの慈善基金団体(Bill & Melinda Gates Foundation)が資金提供しています。

 

2017年における全世界のインフルエンザ下気道感染による死亡者数は14.5万人であり、人口10万人あたり1.9人でした。年齢別解析では70歳以上の高齢者で死亡率が高く、人口10万人あたり16.4人でした。国地域別解析では東ヨーロッパで死亡率が高く、人口10万人あたり5.2人でした。

 

日本のデータも示されており、インフルエンザ下気道感染による死亡者数は7,000人であり、人口10万人あたり5.1人でした。日本での死亡率は東ヨーロッパとほぼ同じであり、米国の1.1人、西ヨーロッパの2.1人と比べかなり高いことが分かります。おそらく日本では高齢化が進んでおり、高齢者のインフルエンザ感染および重症化が多いのではないかと思われます(私見)。

 

全世界のインフルエンザ下気道感染による死亡者数を年齢別にみると、0~4歳、80~89歳にピークがあります。本文でも述べられているように、死亡数の多いこの年齢層にインフルエンザをうつさないことが死亡者を減らすために重要と考えられます。毎年受けるインフルエンザワクチンは自分が罹患しないためもありますが、重症化しやすい乳幼児や高齢者にインフルエンザを伝染させないためでもあるのです。妊婦のまわりにいる家族が風疹ワクチンを打つのと同様の考え方です。

 

 

インフルエンザ下気道感染による死亡はどれくらいあるのか?世界疾病負荷研究(GBD 2017)の解析

The Lancet Respiratory Medicine

Lancet Respir Med. 2019 Jan; 7(1): 69–89.

doi: 10.1016/S2213-2600(18)30496-X

 

要旨

背景:

インフルエンザの疾病負荷は歴史的大流行と将来の大流行の脅威との関連でよく議論される。しかし、毎年、下気道感染およびその他の呼吸器疾患(慢性閉塞性肺疾患など)といった疾病負荷は季節性インフルエンザに起因している。世界疾病負荷研究(GBD)2017は、疾病および身体障害を総合し、関連する健康被害を定量化するための体系的で科学的な取り組みである。この論文では、インフルエンザに起因すると思われる下気道感染に焦点を当てる。

 

方法:

GBD 2017の一環として、1990年から2017年までのインフルエンザに起因する下気道感染の発生率、入院数、死亡率を国別、地域別、年齢別にモデル化した。下気道感染の発生率、入院数、死亡率を最初に推定し、そしてその一部をインフルエンザよるものとする仮説的なアプローチをとった。

 

所見:

2017年の全年齢の死亡のうち、145,000人(95%不確定範囲[UI] 99, 000~200,000)がインフルエンザによる下気道感染が死因と考えられた。インフルエンザによる下気道感染の死亡率は、70歳以上の成人で最も高かった(10万人あたり16.4人の死亡 [95%UI 11.6~21.9])、そしてすべての年齢層の中で最も高い死亡率は東ヨーロッパで見られた(人口10万人あたり5.2 [95%UI 3.5~7.2])。インフルエンザによる下気道感染は、9,459,000件(95%UI 3,709,000~22,935,000)の入院、および81,536,000日間の入院期間(24,330,000~259,851,000)の原因となったと推定された。下気道感染者の11.5%(95%UI 10.0~12.9)はインフルエンザに起因すると推定された。これは、54,481,000件(38,465,000~73,864,000)の下気道感染、8,172,000件(5,000,000~13,296,000)の重症下気道感染に相当する。

 

解釈:

インフルエンザ下気道感染の疾病負荷を包括的に今回評価したことにより、世界の健康に対し年間でインフルエンザが実質的にどの程度影響したかを示した。将来可能性のある世界的流行に備えて準備計画は重要になるが、季節性インフルエンザ下気道感染による健康損失は見逃されるべきではなく、ワクチン使用を考慮されるべきである。インフルエンザ予防対策を改善するための努力が必要である。

資金提供:ビル&メリンダ ゲイツ財団。

 

 

日本におけるインフルエンザ下気道感染による死亡率は高く、近隣の中国や韓国、北朝鮮よりかなり高いことがわかります。

文責:院長 石本 修 (呼吸器専門医)

その息切れはCOPDです